花岡事件を歩く        フィールドワーク案内版
 花 岡 川 H
現 存 す る 唯 一 の 物 証

 中山寮と共楽館も花岡から消えた今、花岡事件唯一の物証として、私たちが見にすることができるものは、中国人たちの血の労苦と、命を犠牲にしての労働によって残された、花岡川だけしかない。
 新花岡川の終点は、花岡中学校前の両側に桜の木が並ぶところから、下流100mほど東方で、大森川と合流するところになる。始点は、信正寺前か北方、長森住宅方向約100m上流にある。
 旧花岡川は、この始点から西に折れ曲がり、現在藤盛工作所工場敷地内を通り、鳥潟寿夫氏宅の横を流れて、信正寺裏に抜け、七ツ館を通って、今の桜町に残るどぶ川状の旧花岡川に、勢いよく下っていた。現在でもその跡をたどってみれば、地形の大きく変わっている七ツ館周辺を除いては、旧川跡が明瞭に残されている部分が多い。旧花岡川は、ちょっとした雨で増水しやすく、花岡町は洪水になりやすい町であったのが、川の改修で現在、町民は多大な恩恵を受けているのも事実である。
 花岡川の改修新造工事は、現地に立って見ればすぐわかるように、町のど真ん中で白昼行われていたのであるから、その労働の厳しさ、日本人補導員たちによる虐待の凄惨な情景は、多くの町民によって目撃され、今でも語り継がれている。しかも、現存する唯一の物証であることもあって、花岡事件を知ろうとして現地を訪ねる人が、必ず足を運ぶ場所でもある。しかし、堤防や橋の上に立って眺め、写真に撮るだけでは、「思ったより川幅が広い」、「思ったより整然としていて、川の水もきれいだ」と、いった感想しかいだくことができないように思われる。
 花岡の夏はけっこう暑い。冬は雪も多いし、寒さも厳しい。花岡川を訪れる人には、できたら始点から終点。終点から始点までの約1`を自分の足でゆっくり歩きながら、川底で働く中国人の姿を想像してほしいものである。家族と会える喜びも無く、明日への希望なに一つ無い、絶望的な異国での毎日、そのときの中国人の思いを、花岡川は、私たちに語ってくれているのである。


工事の始点付近
             信正寺付近から下流
 
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